グローブミュージアム‐日本手袋工業組合

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森本吉太郎

  •  森本吉太郎は明治の中ごろに大阪市西淀川区大仁町で糸商を営み、他にもランプの火屋(ほや)や芯、コウモリ傘、そして手袋も販売していた。
     大正時代には東洋手袋株式会社を設立し、弟の森本伴次郎とともに手袋産業に取り組んだ。大阪市西淀川区大仁町に本社を置き、白鳥本町、引田、三本松のほかに小豆島、徳島県板野町犬伏にも工場があった。
     また神崎長五郎、橋本勝二、橋本善兵衛が番頭を務め、成瀬歌吉が森本伴次郎の秘書を務めていた。そして工場長を鯛谷儀一氏が務めていた。彼らの多くは独立し、手袋産業に大きな足跡を残している。このように有能な人材と資本力から、森本吉太郎の才覚と東洋手袋株式会社の経営の充実をうかがい知ることができる。
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  • 森本吉太郎
    東洋手袋株式会社白鳥支店跡
    のちに大路織布株式会社白鳥工場の本館に使用される。
    昭和35〜42年(1960〜67)ごろ
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