グローブミュージアム‐日本手袋工業組合

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手袋の歩み 復興期





  •  昭和20年(1945)に太平洋戦争が終結したことにより、日本の経済復興の原動力を綿紡績業の復興に求めたため、繊維統制が次々と解除されました。それにより原材料の確保、製造、販売も自由にできるようになり、「零からの再出発」と称し手袋産業の復興を目指しました。
     手袋の輸出が増加し、昭和25年(1950)の昭和天皇四国御巡幸を機に手袋祭が開催されるなど、手袋産業に復興の兆しが見え始めました。
    • 昭和21年(1946)

      日本国憲法公布。

    • 昭和22年(1947)

      四国莫大小(メリヤス)工業協同組合発足(〜同25年2月28日)

    • 昭和24年(1949)

      GHQが日本円に対する公式為替レートを1ドル=360円と設定する。

    • 昭和25年(1950)

      昭和天皇が四国御巡幸の途次、旧白鳥町の原繊維工業株式会社を御視察される。

    御巡幸風景
    御巡幸風景
    手袋祭
    第1回手袋祭
    • 昭和天皇の御巡幸を記念して、手袋祭りを毎年実施することとし、第1回手袋祭が開催される。

      香川県メリヤス協同組合発足(〜同28年2月21日)

      朝鮮戦争勃発(〜同28年7月)

    • 手袋音頭
      手袋音頭
      昭和26年(1951)

      手袋音頭とその踊りが第2回手袋祭に発表される。

      縫手袋と革手袋の生産が急増して輸出が始まる。

    • 昭和28年(1953)

      香川県手袋協同組合発足(〜同37年8月24日)

    • 昭和29年(1954)

      編手袋の技術を転用して、ホームカバーの製造販売が始まる。

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